実行委員のぼやき

9月27日

元アーチェリー部キャプテン・元ビーチバレー部員・現総務班長の妄言

総務班の班長です。早いもので記念祭まで残り1日です。各クラスでは準備に追われる姿が目につき、ステージや講堂で駆け回る実行委員の姿も印象的です。このぼやき、開設してから4つしか投稿されてなく、Web担当の人から叱られたので書いてます。何書いてもいいらしいので、自分語りをひとつ。 僕が記念祭実行委員会と初めて関わりを持ったのが、去年の5月に130th記念祭の実行委員会の総会に、ある知り合いに頼み込まれて出席した時だと記憶しています。中学時代3年続けた部活を退部になり、退屈していたということもあり、軽い気持ちで出席しました。 僕はその時、記念祭にあまりいい印象はありませんでした。中学生だった頃は、「男子校の文化祭なんてやってても面白くない」と、記念祭(当時は九月祭)の準備にも参加せず、仕事をサボっていました。なんせ、中学校舎には人も来ないし、出身が岐阜だった僕は、地元の友達も往復1000円払って来たがらないのも当然で、特別感のない2日間を、いつものクラスメイトと、飯を食べて帰るだけの日常の一部として記念祭を見ていました。 この先は、どうしてもくさい文章になってしまうことを謝ります。 僕は半年間、嫌々ながらも130th記念祭を創り上げていく内に、部活では体験出来なかった「大勢で一つのモノを達成する」喜びを知ってしまいました。 そこから約1年。明後日の131st記念祭のために、できること全てを尽くしてきました。この「131st記念祭を作り上げてきた過程」というのは、ここには書ききれないほど深いもので、3年間の高校生活の中のいい思い出になると思います。そんな思い出と、貴重な経験をさせていただいた実行委員のみなさんには、この場でお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございました。 と、まああることないことダサい文を書き綴りましたが、こんなもんでどうでしょうか、Webの担当者さん。 眠いのでここらへんで。

9月25日

web担当者のぼやき

僕の手元の時計では午前1時半を回りました。みなさんこんばんは。気づけば当日までもうすぐで、驚きを隠せない担当者です。このぼやきのコーナーも各班長に原稿を頼んでいるのですが、皆さん忙しくて誰も書かないので、更新が止まってしまっています(泣)。まあそこで急遽web担当の僕が書いているわけですが、やっぱりぼやきってなんでしょうかね。さっぱりです。実行委員長が「どうしてもやりたいんだ」なんていうからわざわざページを作ったのに、彼は二回で終わらせてしまいますし、内容に関しては、竹内くんのサタプロのぼやきパクって参考にしたものですし、一体なんなのでしょうかね(笑)。ところで、先程から班長や実行委員長などの言葉が出てきているので、文字数稼ぎのついでに軽くご紹介をしたいと思います。東海高校記念祭は生徒主体の記念祭実行委員会によって運営されており、実行委員長の下に五つの班、装飾・クラス企画・講堂・ステージ・総務 に分かれています。前回のぼやきはそのなかの装飾班長にぼやいてもらいました。ちなみに僕は総務班に属しています。
そういえば、ステージ企画のページがまだ、準備中ですが、もうあげれるので少々お待ち下さい。あとこれは重要なのですが、こちらでweb情報を更新してもお手元のデバイスで更新を確認できない場合があります。その場合ブラウザのシークレットタブをご利用頂くか、キャッシュの削除の方をお願いします。最新情報が見れると思います。そろそろ眠くなってきたので終わろうと思います。駄文を失礼いたしました。では次の誰かのぼやきをお楽しみに…

9月22日

装飾班長Tのぼやき

こんにちは、実行委員長のぼやきが2回で終わってしまったため急遽代わりにぼやくことになった装飾班長です。気がついたら当日まで1週間を切っていてビビってます。本番に向けて色々な準備が進んでいていよいよ大詰めというところですが天気の悪い日が続いていて作業が難航するわ偏頭痛が出るわ踏んだり蹴ったりです。周りの班員たちも体調を崩していてとても心配です。皆さんは体調管理を怠らないようにしましょう。当日に体調を崩してしまったら悲しいことになりますからね。 短いですがこんな感じで私の初めてのぼやきを締めたいと思います。それでは! P.S. 代わりにぼやくってなんなんですかね。誰かおしえてください。

9月21日

「サタプロ35th実行委員長のぼやきを見て記念祭131st実行委員長の私が考えたこと2」

早いもので、最初のぼやきから24時間が経ちました。こんにちは、131st実長の西村光生です。 「ぼやきとは何か」から始まった私のぼやきも、今回で最終回です。初めは、誰も気づかないだろうし好き勝手書こう、と思っていましたが、意外と色んな人に読んでもらっているらしく、ビックリしています。こちらが心の底から苦笑いしてしまうような評判も頂きましたし、やりがいもありました。 最後のぼやきは、記念祭についてのぼやきです。私のぼやきで記念祭自体について書くのはほとんど初めてです←。私自身は今回までで、運営側に立つのはほとんど終わりにしようと思っています。ですので、最後は後輩にメッセージを残しておきたい、それで記念祭自体について書こうと思いました。 私は、記念祭は知的な行事だと思っています。それは、お客さまはもちろん実行委員も、知的好奇心を満たすことができ、自分が初めから興味のあることはもちろん、もとは興味がなかったことも学べ、好きになれる。そんな行事だからです。特に皆が関わるクラス企画については東海生らしく社会を風刺したような企画が多く感じます。 しかし最近、社会性のあるクラス企画が減り、サブカル系やアトラクション重視の企画が増えてきていると感じます。 そのような企画が悪いと言いたいわけでは全くありません。クラスの皆さんは独自の考えや感性、価値観を持っていらっしゃり、尊敬できる方たちばかりです。そのような企画はあるべくしてあるのであって、消えて良いわけじゃない。そもそもクラス企画の魅力は自分たちのやりたいこと、やったことをお客さんに魅せることなのだから、その願いが叶う企画こそクラス企画の本質なのかもしれない。 それにしても、バランスが崩れてきていやしないか? 例えば政治に関心がある若者が減ってきていると言われるように、例えば社会の雰囲気が反知性的になってきていると言われるように、東海生の興味もだんだん移り変っているのかもしれません。でも、それだけならまだ救いようがあります。ひょっとすると、若者の知的レベル自体がだんだんと下がっているのではないか?そして東海生も例外では無いのではないか?そんなことが頭をよぎり、ゾッとしました。 今年の機関誌編集長とも話していたことなのですが、東海高校の昔の機関誌と最近の機関誌は雰囲気が全く違います。昔の機関誌に書いている人たちは皆、とても主張が強いのです。その内容の良し悪しはともかく、少なくとも彼らには今の生徒よりもかなり知識や教養があると感じました。でも、こうも思いました。もし今これを掲載したら、書き手は周りから異様な目で見られるだろうな、と。 社会全体として、知的なことや政治的なことを嫌がる風潮があります。日常会話で政治的なことを話す人を陰で「イキリ政治語り」と言って馬鹿にしたり、そもそもそういう政治について話すことをタブー視したり。この雰囲気こそが知性を殺していっているのではないか? なんだか、「みんなでバカになっていく」という感じがして、すごく怖いです。 一方で、記念祭はそれを立て直す一つの手段になり得る、私はそう信じています。こんな凄い行事、他校にはありません。もちろんそれを楽しむというのが一番ですが、できたら、記念祭を通して「賢く」なって欲しい、そして、東海生から膠着した社会に発信していって欲しい。それが私の残すメッセージです。 最後になりましたが、私を支えてくれた実行委員の皆さん、顧問の先生方、そして私の家族に、改めてお礼を言いたいと思います。 ありがとうございました。

9月20日

「サタプロ35th実行委員長のぼやきを見て記念祭131st実行委員長の私が考えたこと」

こんにちは。131st実長の西村光生です。私にとっては初のぼやきになります。「ぼやき」とのことですが、私自身一体何を書けば良いんだろう、と思っております。そもそも「ぼやく」ってなんだ、っていう。「ぼやく」を広辞苑で引いてみると、>>ぶつぶつと不平を言う。ぐずぐず言う。また、泣き言を言う。……うーん、100%ネガティブな意味なんですねぇ…。ほんの少しは肯定的な意味もあるのかと思ってました。「ぼやき」として思い浮かぶのは、名将・野村克也さんではないでしょうか。野村さんがプロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスの監督時代の2009年には、その「ぼやき」が新語・流行語大賞のトップ10にノミネートしました。個人的に、野村監督の「ぼやき」にはネガティブな印象があまりありません。決してポジティブでもありませんが。恐らくこれは、野村監督のぼやきの目的の一つが「マスコミを通じて言葉を発信することで、選手のやる気を引き出す」ことにあるからでしょう。つまり、ただの生産性のない愚痴に留まらない。私もそんな風に、「ぼやき」を通じて微力ながら記念祭を良い方向に持っていきたいなと思います。元からやる気がある人が集まる記念祭において、野村監督のような「ぼやき」は必要ないでしょうが、ふと思い出して読みたくなる、そんな「ぼやき」を書いていきたいと思います。駄文の上に長くもなってしまいましたが、最後までをお読みいただきありがとうございました。長さの程度は変化こそすれ、これからも「ぼやき」はそれなりの頻度で投稿していきたいと思います。131st実長でした。